yami to hikari

闇と光、 自分にもあり、隣人にもある。

タグ:死

利用者さんにガンが見つかりました。

診察のきっかけは足元がおぼつかなかったこと。
(ここら辺の経緯もいろいろあって詳しく書けません。)
総合病院でCTを撮ったところ、軽い脳梗塞が見つかりました。
ああ、これが原因だったんだね、軽くてまずは良かった、
と言っていたんですが、
右頬の腫れ、痛みの訴え、鼻鳴り等、「?」という症状が翌日現れ、
受診すると、「上顎腫瘍」との診断が。
おそらく悪性とのこと。

大きな病院ですが口腔外科がありません。
となり町の総合病院を紹介されました。

今日、受診となり、看護師と職員が付き添い。
「即日入院だろうね」と皆思っていました。
ところが、今日施設に利用者さん、帰ってきました。

早い話が「受け入れ拒否」です。

病院内のいろいろな科をたらいまわしにされ、
結局、「脳梗塞の治療を優先すべき」との言い分で。
上顎がんは最初の病院で「この人、死ぬよ」との医者の宣告があったのです。
「いつ死んでもおかしくないよ」と。
それを優先順位は脳梗塞が先だと?
もう手遅れだから拒否った?

利用者さんは自閉症に統合失調症の症状を持つ方で、
たしかに、受け入れが難しい患者さんではあります。
そして今日行った病院には精神科が無いという・・。
紹介した最初の病院も顛末が予想出来なかったんだろうか。

精神科と口腔外科のある病院となると、
この近隣では入院は無理でしょう。

どうするの?どうなるの?
我々が看取るの?
いつ死んでもおかしくない、と言われてる人のそばで、
皆、動揺しています。

利用者さんは身寄りの無い方。
重度知的障がい者で統合失調症患者、天涯孤独。
だからこんなにぞんざいに扱われたの?

ご本人はいつもどおり童女のよう。
大好きなコーヒーのことしか頭にありません。
それが余計やりきれない気持ちにさせますね。
P_20180419_164116_1
毎日がやすらかでありますように。

今、テレビで「火垂るの墓」やってますね。
私的に涙腺崩壊NO1の映画かもしれません(笑)。
このまま見続けると明日目が開かなくなりますね(笑)。
d0091006_22371447.jpg

はじめてこの作品をテレビで観たとき、
声を出して泣いてしまい、それが止まらず、
お風呂場でも暫く泣いていました。
母が心配して「大丈夫かい?」と声をかけたほど(笑)。

「悲しすぎてジブリの中で一番嫌い」と友達は言ってました。
ジブリ映画は言いたいことがわからんようなわかるような、
ぼんやりした感動がいつもあるんですけど、
これは直球で訴えてきますね。やばいです・・・。

戦争で死ぬことが普通だった頃。
お兄ちゃんは母の死に涙をこぼしませんでしたね。

私は戦争で愛する人が死ぬなんて嫌です。
これは理屈ではなく、生涯変わりようのない感覚だと思っています。

P_20180322_105949
生きてるだけでありがたいんだろうなぁ

1500216919511
生来感受性が強く、自分自身と付き合うのに苦労してきました。
外に目を向けて「あー面倒くさい」とつぶやくのが悪い癖ですが、
実は一番面倒くさいのが自分の心だったりします(笑)。

28歳の時に酷く心を病みました。
詳しく書くのはまたいつかにしますが、
重症になると、立って歩くこともままならないほど、身体が痛むのですよ。
ドーパミンなのかセロトニンなのかよくわかりませんが、とにかく劇的に何かの供給がストップしている感覚で、
便も尿も出なくなり、能面みたいな顔貌と、不自由な身体の動きから、医者もパーキンソン病を疑ったほどでした。(若年性のパーキンソン病は稀)

かなり拗らせてから医者にかかったもので、「なんとか大丈夫だ」と自分で思えるまで5年必要でした。

何を見ても「死」を連想してしまう。
でも死にたい訳じゃないのです。
私はただ、「昏々と眠りたかった」。義務を果たすように一日生きるのが非常にしんどかった。
ずーっと眠っていられたら、ラクだろうなと思ってました。

しかし、まだ2歳のチビ助を遺して眠り続ける訳には行かないぞと、
当時の私にとって生きる理由なんてそれだけでした。
とにかく、死なない一日を積み重ねて行くだけだ、と(笑)。
今日一日、と思っていたのが、1週間になり、1ヵ月になり、半年になり・・・。
2年経ち30歳になったとき、漠然と、「あぁ、何とか人生の折り返し地点まで来た」と思いました。
勝手に自分の人生を60歳に設定しました(笑)。
そう思わないと、当時の自分には人生が長すぎて、やり切れない気持ちになりました。

「もう折り返した」と思うことでかなりラクになりました。
そして、面倒くさい自分と付き合うコツみたいなものを、徐々に掴んでいきました。
それは、「感受性をoffにして生きる」ということです。
そんな生来からあるものを簡単にoffに出来るわけないじゃん!と思われますか。
そう、簡単ではないと思います。でも、今までの自分に限界を感じれば自然にそうなっていきます。
生き辛さを自分で感じながら、「私って感受性が強いの、大目に見て」と周りに発信し続けながら生きることに、私は限界を感じました。

蓋をしても、感受性なんて必要な時に溢れてきます。心配いらない(笑)。
私に60歳から先がもしあるとしたら、それは鈍感婆さんのおまけの人生です(笑)。

    
      自分の感受性くらい   茨木のり子
   
   ぱさぱさに乾いてゆく心を
   ひとのせいにはするな 
   みずから水やりを怠っておいて

   気難しくなってきたのを
   友人のせいにはするな
   しなやかさを失ったのはどちらなのか

   苛立つのを
   近親のせいにはするな
   なにもかも下手だったのはわたくし

   初心消えかかるのを
   暮らしのせいにはするな
   そもそもが ひよわな志にすぎなかった

   駄目なことの一切を
   時代のせいにはするな
   わずかに光る尊厳の放棄

   自分の感受性くらい
   自分で守れ
   ばかものよ
   
   

このページのトップヘ