yami to hikari

闇と光、 自分にもあり、隣人にもある。

タグ:介護

夜勤明けで超勤してきました。
平日は職員も一緒に作業場に行くのですが、
今日の職員は二人とも新しい人。
仕事を教える人がいません(笑)。

こういう隙だらけのシフト作るのやめてほしいです!!
結局、いる人間が超勤することになってしまいます。
ある程度、仕事を教えたら帰ろうと思ってたけどそうもいかず。
ほぼびっしり、午前の勤務になってしまいました。

うーん・・・超勤あてにしてシフト作ってるのかな?
そんな上司は年休だし(苦笑)。

なんというか、あらゆる面で、「奉仕の精神」で成り立っている介護の仕事。
「奉仕の精神」あてにされても困るんですよ。
それでいて、あんまり「よい人」だと続かない仕事でもあります。

ちょっと話飛びますが、昨日書いた案件が大ごとになっている模様です。
今週中に全国ニュースになるかもね・・・。

介護職=誰でもできる仕事、とか言われてますが、
誰もが続けていけるような生やさしい仕事ではないです。
一歩間違えると、あっけなく「容疑者」になってしまいます。

よくニュースになりますが、親が子を虐待して、「いやそれは躾のつもりだった」というやつ。
それに似た感覚が、介護者にないだろうか?
介護や支援って、相手を矯正するものではないし、妙な処罰感情みたいの持ったらアウトだと思う。
イライラしたら負けなんです。

子育てしてる時も、(相手は子ども、自分はおとな)という感覚がありました。
この仕事も、そういう感覚が大事なんじゃないかなぁ。
相手には出来ないことがたくさんあるということ。決して見下してるわけではなく。

なんだかね、「ガキの集団か!」と職員に対して思ってしまうんですよ・・・。
(全員ではないですよ。オトナな職員だっています。)
組織自体が未熟なんですね。合理的ではないことも多いし、不条理だらけだし。

今日入った新人さんも、持つかなぁ?
その人が私の知り合いだったら、「よーーーーく考えた方がいいよ」、と言うだろうなぁ。

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疲れた!寝くさりまーす(笑)

夜勤明けです。
通常業務のほかに、ちょいちょい余計?な仕事が入ってきて、
明けだろうが休日だろうが、残業せざるを得ない状況です。
今日もお昼過ぎに帰ってきました。

余計な仕事、とは
私にとっては諸々の会議だとか、研修の資料作成だとか。
会議も何か議題があって、職員皆で何か考えましょう、というものなら良いけど、
「〇月〇日〇〇行事がありました。〇月〇日〇〇作業を行いました・・・」
ただの報告会なら書面で済むのでは?と思ってしまいます。
研修も現場に活きていない建前研修ばかりで意味あるのかな?と。
それらのために結構な時間を割いて、我々は残業するわけです。
(業務中は一切事務仕事はできない。)

しかしまた、この残業代が貴重な収入源であることは確か(笑)。
残業してようやく何も気にせず回転寿司に入れます(笑)。

先日、堀右衛門が「いずれ介護の仕事はAIがやるだろう」と言った話を書きましたが、
先ほど改めて当時の発言を読んでみました。
「誰でもできる仕事というのは給料が上がりづらい」
確かに堀右衛門にとっては「仕事」というより「作業」なんでしょうが、
(まともな)介護者からすれば、あれほど頭や心を遣う仕事はないのでは?と思います。
利用者さんを「モノ」と見てしまえばきっとラクです。「作業」になり得る。「作業」の対価なんて安いのは当たり前でしょう。
今日は同僚から、「夜勤中に利用者さんが亡くなった話」を聞きました。
人の死に立ち会う可能性がある仕事が、作業であるはずがないでしょう。

怒り任せに私の給料明細をupします↓
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今月は手取りが多かった(特殊な手当が付いた、でも右から左に消えるお金)ですが、通常は17万くらいです(通勤手当、住居手当、夜勤手当、残業代込みで)。ここから家賃、光熱費、食費、いろいろ出ていくと、「廻る寿司が唯一の楽しみ」状態・・・。たいして残らんよ。
これでも、他の事業所より給料は良いらしいし、女ひとり食べていくには充分かもしれません。
だけどすり減るような感覚で、あんなに頑張ってこれか・・・毎回給料明細見るたびに思います。
自分の辿った道に何も後悔はないけれど、やっぱりこの給料は安いと思うよ。モチベーション下がるわ。

国の偉い人もやはり我々の仕事は「作業」だと?
介護が必要な人がこれからどんどん増えるというのに、人材不足がニュースで流れるばかり。
本当に何とかしないとヤバいんじゃない?
ロボットが夜勤中に自分の死を看取るなんて、私はちょっとヤだな(笑・その方が気楽か?)。

(↑私の怒りと共に勝手に途中からフォントがでかくなってる・笑)

いつだったか、堀右衛門という人が、
「いずれ介護の仕事はAIがやるんじゃないの」と仰っていました。
まぁ考えられる話だけど、と職場に向かいとぼとぼ歩きながら考えていました。

(介護はAIがやるってかー)
(介護の仕事は誰でもできる仕事だからってかー)
(堀右衛門だって獄中で介護やってたはずだよねー)
(おむつテープの微妙な位置加減とかわかってないのかなー)
(そういうことじゃなくて、排泄の時間管理とかって言ってたっけー)
(時間管理だけで介護の仕事を括るなよー)

まぁごちゃごちゃ考えた末、

(それじゃいずれブログもAIが書き始めるんじゃないのー)

と思い至りました(大抵私の思考は飛躍します)。

調べてみると、人工知能の文章作成研究というのはかなり進んでるようです。
はこだて未来大学では「きまぐれ人工知能プロジェクト・作家ですのよ」という、小説を人工知能に書かせるというプロジェクトを組み、星新一賞に応募したそうです(受賞には至らなかった)。

また、kerasとかいうものに小説を学習させて文章を自動作成した記事も読みました。
(す、すいません、kerasって何?笑)
以下、「吾輩は猫である」を185回学習させて出来た文章です。

「吾輩は猫である。名前はこれですか。それでは細君である。それでおったので、その寝えばならない。聞いてやめはあると云うのさ。君も、どうしてはないと思って買っていると同じくらしい出来ないもので、そんな事をするやしない。少しはないか」 「バルですよ」と先生とはあまり今していたのである。それである。そんなものでもいい。またはどうだ。そいこの御寄を、主人のようにその希鼩の困りにいるのが、これは黙ましたから、その時じゃさぐ行って見える。この女は返事を取られて、主人をひると、天下の意を調みない。」

シュールです、言葉のサラダです(笑)。「名前はこれですか」って(笑)。爆笑しました。
2016年の記事だったので、今はもっと進歩してるだろうと思いますが。
(今調べたら、変な翻訳サイトのぎこちない文体程度には進歩してるらしい)

ブログ書き始めてから、色んな方の書いたものを読みました。
最近はハウツーブログやまとめブログ等が検索上位にヒットしますよね。
何かを知りたいときは淡々としたブログが良いのかもしれませんが、
そういうブログでさえ、書いた人の個性が滲むようなものが私は好きです。
なにか体温というか、匂いというか。行間に潜むもの。
いくらAIが人間の学習をしても、そういう人間くささまでパクることはできないと思うのですが・・。
パクる日が来るのでしょうか?

介護者を見ても、「わぁ人間てヤだな」と思ったり、「人間だもの」と思ったり。
(でもAIに替わった方がある意味平和なのかな・・・)
AIがブログを書き始めたら、なんか終わってる、と思うのは私だけでしょうか。

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