yami to hikari

闇と光、 自分にもあり、隣人にもある。

カテゴリ: 想い出

ひとり暮らしになり、
コンビニやスーパーのお弁当にお世話になることが増えました。
副菜のしょっぱさに、「うわっ」と思うことが多いです。
弁当に付いてる醤油の類は一切使わない。

そう、私は味付けの薄い女(笑)。
まだ実家にいた若き日、
たまに味噌汁を作ることがありました。
母には、
「味が薄い!あんたの味噌汁は飲めない!」
と言われ。
出汁の風味が好きなので、味噌は控えめなのです。
友達にも「味が薄い!」と言われ続けてました(笑)。
「でも薄いけど美味しい、○○(私)の味付け好きだよ」
と言ってくれる幼馴染もいました。

結婚してからは、夫に「美味しい」と言われた記憶がありません(笑)。
元夫の母は実家が漁師なので、味がチョー濃いのです。
どうしたら褒められるのかわかっていたけど、
元夫の両親は若い頃から高血圧。
私は薄味で通してしまった。

娘がいたらひとこと言いたい。
男の胃袋掴みたいなら、味付けは濃いめに(笑)。
料理上手と錯覚させるのはこれが手っ取り早いのです。

出汁の美味しさで料理作る、
そしてそれを「美味しい」と言ってくれる男の人は少ない。
杉本彩のダンナか、お爺ちゃんぐらいじゃないか?(笑)
なんて、私の「出汁の味」って言ったって、「だしの素の味」なんだけど(笑)。
ハナっから玉砕なんだけど・・・。

どうして濃い味が美味しいと感じるのか?
若い人や身体を動かす仕事の人は、汗で塩分が外に出る。
身体がしょっぱさを求めちゃうんですね。
枯れて来るとしょっぱい味が苦手になるのもこのせい。

でもまぁ、歳取ってきて、自分は薄味で良かったなーと思うこともある。
血圧は至って正常。
周りは、夫婦揃って高血圧、という話もよく聞きます。

若い頃は褒められるために濃いめの味で。
徐々に薄味にシフトするのが、賢い妻なんだろうね。

そういや、「cook do」とか使うと、
凄いしょっぱい仕上がりになるなーと思ってた。
袋全量入れることが無かった。
しかし、それが世間の標準だったのですね?

これ以上病気を増やさないためにも、
今後も私は薄味で生きて行きます(笑)。
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この方の味付けってどうなんだろう(笑)。
破天荒で好きですが・・気になる。

昨日のブログ、「めでたし、めでたし」で締めたんですけど、
考えてみれば何も解決してないんですね。
めまいで行った病院で、医者の与太話に付き合わされるという(笑)。
それで何故か眠剤処方されて帰ってきたという・・。
先生の強烈なキャラに圧倒され、肝心なことが飛んでしまいました。

めまいとはもう20年以上の付き合いになります。
27歳、起床時に激しい回転性のめまいに襲われました。
起き上がることはおろか、頭を少しでも動かすとグルグル部屋が廻りだす。
寝たままの私と1歳の息子を置いて、夫は仕事に行ってしまいました。
私と話している時もずっとちらちら腕時計を気にしていた・・。

ベッドから這い出して、リビングへ。
よちよち歩きの息子は、ゾンビのごとく床に転がる母を面白がり、
キャッキャと声をあげて笑っていました。
こっちは泣きたい気持ち。
息子が危ないことをしないように、気を逸らすような声掛けを続けるしかない。
昼になってもめまいは収まらず、
息子に何か食べさせなくては、と寝転がったまま考えていました。

這いつくばって冷蔵庫へ。
冷蔵庫につかまりながら、引っ張り出したのが「まるごとバナナ」。
息子を呼んで、少しずつ口に入れてやります。
良かった、これ買っておいて・・・。

いまだに、「まるごとバナナ」見ると、この事件?を想い出すんですよね。

翌日、大学病院に行ったけど、
そこでも頻りに腕時計を気にしていたひと・・・。
ええ、この件に関しては永遠に恨みますとも(笑)。

その日から呪いのように、めまいは私に住みついてしまいました。

大学病院では「メニエル病の疑い」と言われました。
現在も難治といわれていますね。
昨日の先生も私のめまいに関して当たり障りのない対応でした。
たぶん一生私はめまいと共に生きるんだろうなぁ。

ああ、病院代は1万1千円でした・・・。
それだけ払っても、原因不明、治療法も無いなんてガックリだ。
今月からちょっと徹底的に、身体の気になること調べるべく、
病院に行ってみようと思ってます。
あとは目でしょ、甲状腺でしょ、皮膚科も歯医者も行かなきゃね・・。
お金ないよ・・・。

めんどくせーーー(泣)。
不治やら難治の病気ばかり頂いてます。
病気でも治る見込みがあるって幸せなこと。
私は現状維持が目標となりますね。
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治らないめまいって不快極まりないですよ(涙)。

子供の頃から音楽が大好きだったけど、
30歳前後も随分聴いてたなぁ。
そう、私の闇の時代。
何も考えたくなくて、音楽で頭を一杯にしたかった。





掃除をしながら、オリジナルラブからラルクへ。
懐かしいけど、辛かった頃を想い出す。
ポータブルCDをいつでも持っていて、
街を歩きながら聴いていました。
特にラルクは一番精神状態が悪い頃、聴きまくっていました。

回復期は、




少しずつ「モノを考えたい」欲求が出てきて、
ちょっと哲学的な匂いのする彼らの曲にはまりました。

この頃の曲聴くと、やっぱり鳥肌立つんだよなぁ(笑)。

友達からよく、「割の合わない仕事ばっかりやってるよね~」
と言われていました。
仕事に関して、夢も野望も無く、たしかに、
昔からハイな労働量、ローな賃金のところにばかり務めているような(笑)。

ざっと、職歴を書いてみましょうか。

タウン誌の編集
新卒で務めたんですが、途中で給料が滞り、入社8か月で倒産。
たしか1か月分の給与が未払いのまま(苦笑)。

税理士事務所
友達の父上が税理士さんで、無職になった私を心配して、知り合いの税理士事務所を紹介してくれました。
その先生、ケチで有名な方でした(笑)。ここもまた人件費削減のためハードな業務量。
まぁ残業代で結構稼ぎましたが(笑)。

ベンツの代理店
最初、親会社の中古車販売店の経理の面接を受けたのですが、
何故か子会社のベンツの代理店に配属。
これまた立派そうな会社ですが(笑)、給与体系は親会社が基準、低賃金(笑)。
ここでも残業代でめっちゃ稼ぎました(笑)。人いなくて。

餃子屋
ここからパートです。
子が生まれ、長いブランクの後、初めて仕事に就いたのがここ。
またまた人手不足!(私の仕事の傾向が見えてきましたね・笑)
小学生の息子が熱を出し、休ませてほしいと店長に電話、
長々と嫌味を言われてうんざり・・1年に満たず退職。
社会ってそんなもんです。キビシーです。

コープのカウンター
これは前にちょっと書きましたが、自分に向いてた仕事です。
ここも半年続けば良い方、というイワク付きでした(笑)。
カウンター業務は多く、困ったお客さんも多く、給料は少ない(笑)。
スーパーは万年人手不足だし。
しかし何故か私はここでは前向きだったなぁ。「毎日飽きないなぁ」って思ってた(笑)。
4年勤めました。そして離婚。

西友のレジ・カウンター
主にレジが多く、ルーティンワークが苦手な私には苦痛な仕事でした。
レジ内で立ちっぱなし、足がダルダルになるのも辛かった。
西友もいっつも混んでますね。忙しかったなぁ。
時給はまぁまぁ良い方だったかな(珍しい・笑)。
でも有給がなかなか取れませんでしたね(どこもそうだよね~)。
2年ちょっと務めました。

キッズシッター
西友と並行してやっていた仕事。
ある小学生の専属シッターでした。
これはいつかブログに書きます。楽しんでやっていました。
この仕事はのちに、知的障がい児の仕事へと繋がっていきます。
仕事は好きだったけど、会社がだらしなかった・・。学生サークルみたいだった。

深夜のファミレスの厨房
これも西友と並行していました。
親会社が有名なブラックで、本当に真っ黒だった(笑)。
これほど向いてないと思った仕事もないです。
時給が高く、生活のためでした。
2か月で挫折(これもネタにしようっと・笑)。

(番外編・タクシー会社に面接に行く・笑)→前にネタにしてます。

生活支援員
現在の仕事です。フルタイムで働くのは20数年ぶり!
知的障がい者のお世話が主な仕事です。
いろいろ書いてますが、大変な仕事ですよ。給料安いしね(笑)。人はいないしね(笑)。

・・・もう私の仕事の傾向が見えましたね(笑)。
・人手不足
・ゆえに忙しい
・なのに低賃金
苦笑。

どうしてそういう所に面接に行ってしまうのか?
もう、薄々勘づきながら面接受けに行ってるんですよね(笑)。
一番の理由は、すぐに採用されたいから。
これに尽きるかも・・。
仕事探し続けるのがめんどくさいんだと思う。
少しでも条件の良いところに!という考えがない。
だけど別に取り敢えず、という気持ちでもない。
務めたらできるだけ長く、と思っている。

変なの!(笑)

どうも自分の物事に対する基本姿勢を語ってるような気がする(笑)。

苦労しそうなところに行っちゃうんだよなぁ。
必死こいて働いてる自分が好きなのか?(笑)・・いやいや、そんなことはないです。

私はラクしたいです!!!(笑)

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ラクしたいラクしたい・・・


7月になりましたね。
梅雨がないはずのでっかいどぅも、
ここ数日ジメジメな日々が続いております。

年度初めは、今頃休職していると思っていました(笑)。
カチンプチンとくることはありますが、
「どこの職場でもあるだろう」レベルに落ち着きました。

まさか50歳にして生まれて初めていじめに遭うとは思わなかったし(苦笑)。
子供の頃は友達が多くて、皆のまとめ役のような立場でした。
小学校5年生の時、
(私は絶対誰かの悪口は言わない!)と心に誓ったのを憶えています。
いつも公平、中立。
しかし中学生にもなると、
そんな姿は「お利口さん」として疎まれることもあるんだ、と感じるように。

(どうして誰かの悪口を言い合うと、女の絆は深まるんだろう)
初潮を迎えた頃から、もうすぐ閉経するであろう現在まで、
ずーっと不思議に思ってることです。
本当になんか血なまぐさい絆。
(そんな絆いらねぇ!)と、
ドロップアウトしたのは息子が2歳、多摩の団地暮らしの頃。
汗をかきながら誰かの悪口を聞き流すのに疲れました。

いつしか、こんなふうに人をみるようになりました。
(この人は人生の終わりまで関わりを持つ人になりうるか)
すごく冷めた見方かもしれませんね。
その場が終われば人間関係も終わる。
子どもの成長と共にママ友も変わる。
仕事を辞めたら職場の人の連絡が絶える。
なんか利害が透けて見えるような人間関係。
やっぱり、(そんな絆いらねぇ!)なのです。

人生の終わりまで関わりの持てる相手、
そう思える人なんて滅多にいないです。
冷めてるかもしれないけど、そういうまなざしは、
かえって自分をラクにします。
(いつか、ちゃんと、終わる)
不毛な人間関係に悩むとき、終わるということが救いになります。

現在「友達」と呼べる人は、
「悪口言わない!」と誓った子供の頃から続く人たちだけになりました。
たぶん死ぬまで壊れることのない絆。
本当にひと握りでいいです。大切にしたいから。
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ちゃーも、ひと握りの中の一匹

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