yami to hikari

闇と光、 自分にもあり、隣人にもある。

カテゴリ: 想い出

何故、今時分に寺尾聡ネタなのか、
自分でもよく意味がわかりません(笑)。
しかし、つい先ほど、
テレビから「出航」が流れてきて「え?」と思いました。
どうやらCMソングになってるらしい。
世の中には似たようなことを考える人がいるもんですね(笑)。

中学1年の時、寺尾聡のアルバム「Reflections」のアレンジに衝撃を受けました。
当時は、「アレンジャー」の意味すらよくわかってませんでした(笑)。
まぁ、この素敵すぎるBGMの編曲をしてる人が「井上鑑」という名前だ、
とクレジットから知ったわけです。
このカッコよい前奏や間奏を考えたのが井上鑑って人なんだへえええ
って感じです。

そこから、「自分で楽器をレコードと同じに弾いてみたい!」
という欲求が生まれ、
明星の付録の歌本に書いてる記号、
「コード」というものが分かれば弾けるのだ!
と理解するのでした。

私のピアノの独学は、ほぼ明星の歌本が素になってます(笑)。
どなたが講師だったか・・・
かなり詳しくコード理論について解説してありました。
Em7の7とは何なのか。Amaj7のmaj7とは何なのか。
dimとは、sus4とは、f5、なんていうテンションコードも憶えました。
(ここまで付録本でやってたのが驚愕です)

それを、カワイのオルガンでフガフガ弾いてたのです(笑)。
そのうちオルガンじゃすぐに物足りなくなりました。
高校に入学するとき、ヤマハのクラビノーバちゃんが我が家にやってきました。
(勿論、私名義の定期預金が当てられました・涙)

長くなってしまいましたね。
初めて電子ピアノで「shadow city」を弾いたときは感動でした。

G#7-9 C#m Gdim7 B
これ、サビの部分のコードですが、クソカッコイイのなんのって・・・。
おそらく、寺尾氏のデモテープ段階では、
ここまでテンションコードは連発してないものと思われ。
しかもA7でサビを始めているはずです。
イントロでもこれでもかと言わんばかりにテンションコードを多用し、
エンディングでは何気なく転調しては元に戻るコードをリフレイン。
「やるな」「プロだな」「仕事できるな」
と思わせるのが、井上鑑氏の妙です(笑)。

ジャズピアノを学んだ人からすれば何のことはないのでしょうが、
ここまで凝ったアレンジは、日本には少なかったと思います。
当時、鑑氏はドナルド・フェイゲンをよく聴いていたそう。

なんか頷けますね。
AORってやつですね。

「Reflections」を聴き込んだおかげで、
巷に流れる曲を聴いただけで、
アレンジャーが井上鑑か否かが解るようになってしまいました(笑)。


音悪いので、鑑氏の仕事ぶりが伝わらないかもですが。
今や「ネタの人」となってしまった泰葉嬢の代表曲も氏のアレンジです。
これは、泰葉嬢が元々ジャズ畑の人ということで、
アレンジで大幅に手を加えた、ということはなさそうですが・・。
歌詞が残念なのと、歌唱が張り切り過ぎなのが惜しまれます・・・。
これも弾いてみると、テンションコードがいい味出してます。


当時、張り切って鑑氏のアルバムを借りてきた記憶があります。
が、歌唱が・・・。
いや、今聴くと悪くないのですよ。つぶやくような歌い方・・。
そして、アレンジは「ぽいよね!」って感じだし。
でも、購入には至りませんでした。
ちなみにこれもヨコハマタイヤのCM曲です。

ホントに何、長々と書いてるんでしょうか(笑)。

とにかく、寺尾さんの「Reflections」と井上鑑氏のアレンジは、
自分の音楽への目覚めのきっかけと言っていい、
とても大きな出逢いでした。
今に至るまで、「あ、この曲センスいいな」と感じる時の指標となってると思います。
てなわけで、今一度お聴きください。クソカッコイイです。

初めて買ったレコードは「reflections」、
初めて行ったコンサートは寺尾聡。
中1の時でした。

何故、あんなにハマったのか。
何故あんなに総てがカッコイイと思ったのか。
単にブームに乗ったわけではありませんでした。
それだけなら、レコードも買わず、コンサートになんか行くわけがない。
大昔の13歳なんてまだまだコドモで、
当たり前のように、コンサート行きは母親に大反対されました。
それを押し切り、しかも友達の分までチケット代を払い、
震える気持ちで強行したのです。
「ホンキ」でした。

コンサートで観た、実物の寺尾さん。
(うわぁ、本物だぁ!)
生まれて初めてのコンサートだし、同じ空間にいるしで、
感動は半端ありませんでした。
寺尾さんの大好物のイチゴを、
ステージに持ってくる人が続出してました(笑)。

何故あんなに好きだったのか。

初恋の同級生に、クソミソ言われた記憶があります(笑)。
「なんであんなジジイがいいの?」
「サルみたいな変な顔!」
・・・酷くないですか(笑)。
その時は黙ってしまいましたけど、
今、BBAになった私ならわかります。
「ジジイ(大人)だからいいの!」
そう、当時34歳の寺尾さんはこう呼ばれてました。

ナイス・ミドル

これ死語だし(笑)、今の感覚じゃこれまた失礼な話です。
嵐の二宮に「ナイス・ミドル!」なんて言わないでしょ(笑)。
昔は30過ぎたら十分に大人だし、中年でした。
たぶん、捻じれたファザコンの私にはとても魅力的に思えたんでしょうね。

サルみたいな顔・・・(苦笑)。
寺尾さんに関しては顔じゃなく、
朴訥でシャイな雰囲気に惹かれたんだと思います。
それでいてちょっとおちゃめな感じ。
13歳にして、母性がヤラれたんでしょうね(笑)。


それから、音楽性ですよね。
当時、私はマッチに夢中でした(笑)。
そう、今やジャニーズの大御所、マッチさん(近藤真彦)です。
アイドルだらけのヒットチャートに、寺尾聡の曲は異色でした。
アルバムを買う前、クラスの音楽好きの男子がテープに録音してくれて、
「ヘッドフォンで聴いてみれ!いいから!」
聴いてみると、その音に衝撃を受けました。
聴きなれた「歌謡曲」とはかなり違う。
寺尾さんの歌もいいけど、
なんなんだ、このバックミュージシャン?のレベルの高さは!、みたいな。

そして、「井上鑑」というアレンジャーの名を知ることとなるのです。
(後半につづく)

ひとり暮らしになり、
コンビニやスーパーのお弁当にお世話になることが増えました。
副菜のしょっぱさに、「うわっ」と思うことが多いです。
弁当に付いてる醤油の類は一切使わない。

そう、私は味付けの薄い女(笑)。
まだ実家にいた若き日、
たまに味噌汁を作ることがありました。
母には、
「味が薄い!あんたの味噌汁は飲めない!」
と言われ。
出汁の風味が好きなので、味噌は控えめなのです。
友達にも「味が薄い!」と言われ続けてました(笑)。
「でも薄いけど美味しい、○○(私)の味付け好きだよ」
と言ってくれる幼馴染もいました。

結婚してからは、夫に「美味しい」と言われた記憶がありません(笑)。
元夫の母は実家が漁師なので、味がチョー濃いのです。
どうしたら褒められるのかわかっていたけど、
元夫の両親は若い頃から高血圧。
私は薄味で通してしまった。

娘がいたらひとこと言いたい。
男の胃袋掴みたいなら、味付けは濃いめに(笑)。
料理上手と錯覚させるのはこれが手っ取り早いのです。

出汁の美味しさで料理作る、
そしてそれを「美味しい」と言ってくれる男の人は少ない。
杉本彩のダンナか、お爺ちゃんぐらいじゃないか?(笑)
なんて、私の「出汁の味」って言ったって、「だしの素の味」なんだけど(笑)。
ハナっから玉砕なんだけど・・・。

どうして濃い味が美味しいと感じるのか?
若い人や身体を動かす仕事の人は、汗で塩分が外に出る。
身体がしょっぱさを求めちゃうんですね。
枯れて来るとしょっぱい味が苦手になるのもこのせい。

でもまぁ、歳取ってきて、自分は薄味で良かったなーと思うこともある。
血圧は至って正常。
周りは、夫婦揃って高血圧、という話もよく聞きます。

若い頃は褒められるために濃いめの味で。
徐々に薄味にシフトするのが、賢い妻なんだろうね。

そういや、「cook do」とか使うと、
凄いしょっぱい仕上がりになるなーと思ってた。
袋全量入れることが無かった。
しかし、それが世間の標準だったのですね?

これ以上病気を増やさないためにも、
今後も私は薄味で生きて行きます(笑)。
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この方の味付けってどうなんだろう(笑)。
破天荒で好きですが・・気になる。

昨日のブログ、「めでたし、めでたし」で締めたんですけど、
考えてみれば何も解決してないんですね。
めまいで行った病院で、医者の与太話に付き合わされるという(笑)。
それで何故か眠剤処方されて帰ってきたという・・。
先生の強烈なキャラに圧倒され、肝心なことが飛んでしまいました。

めまいとはもう20年以上の付き合いになります。
27歳、起床時に激しい回転性のめまいに襲われました。
起き上がることはおろか、頭を少しでも動かすとグルグル部屋が廻りだす。
寝たままの私と1歳の息子を置いて、夫は仕事に行ってしまいました。
私と話している時もずっとちらちら腕時計を気にしていた・・。

ベッドから這い出して、リビングへ。
よちよち歩きの息子は、ゾンビのごとく床に転がる母を面白がり、
キャッキャと声をあげて笑っていました。
こっちは泣きたい気持ち。
息子が危ないことをしないように、気を逸らすような声掛けを続けるしかない。
昼になってもめまいは収まらず、
息子に何か食べさせなくては、と寝転がったまま考えていました。

這いつくばって冷蔵庫へ。
冷蔵庫につかまりながら、引っ張り出したのが「まるごとバナナ」。
息子を呼んで、少しずつ口に入れてやります。
良かった、これ買っておいて・・・。

いまだに、「まるごとバナナ」見ると、この事件?を想い出すんですよね。

翌日、大学病院に行ったけど、
そこでも頻りに腕時計を気にしていたひと・・・。
ええ、この件に関しては永遠に恨みますとも(笑)。

その日から呪いのように、めまいは私に住みついてしまいました。

大学病院では「メニエル病の疑い」と言われました。
現在も難治といわれていますね。
昨日の先生も私のめまいに関して当たり障りのない対応でした。
たぶん一生私はめまいと共に生きるんだろうなぁ。

ああ、病院代は1万1千円でした・・・。
それだけ払っても、原因不明、治療法も無いなんてガックリだ。
今月からちょっと徹底的に、身体の気になること調べるべく、
病院に行ってみようと思ってます。
あとは目でしょ、甲状腺でしょ、皮膚科も歯医者も行かなきゃね・・。
お金ないよ・・・。

めんどくせーーー(泣)。
不治やら難治の病気ばかり頂いてます。
病気でも治る見込みがあるって幸せなこと。
私は現状維持が目標となりますね。
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治らないめまいって不快極まりないですよ(涙)。

子供の頃から音楽が大好きだったけど、
30歳前後も随分聴いてたなぁ。
そう、私の闇の時代。
何も考えたくなくて、音楽で頭を一杯にしたかった。





掃除をしながら、オリジナルラブからラルクへ。
懐かしいけど、辛かった頃を想い出す。
ポータブルCDをいつでも持っていて、
街を歩きながら聴いていました。
特にラルクは一番精神状態が悪い頃、聴きまくっていました。

回復期は、




少しずつ「モノを考えたい」欲求が出てきて、
ちょっと哲学的な匂いのする彼らの曲にはまりました。

この頃の曲聴くと、やっぱり鳥肌立つんだよなぁ(笑)。

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