yami to hikari

闇と光、 自分にもあり、隣人にもある。

今年に入ってからずっと気になってた喪服購入。
本日アマゾンでポチりました。

まぁ、縁起でも無いですが。
今年に入ってから、自分自身の衰えがハンパなく、
弱気な眼差しで見てみると、親の衰えも気になるもんで。
何もない今のうちに買おうと思いました。

61oR3gKe7gL._UL1200_
オーソドックスな型で、丈もちょっと長めです。
通販なのでサイズが気になるところ(笑)。
返品送料無料なので何とかなるかな。

両親、「80までは生きられそう」とか言ってますね。
私が子供の頃は、80歳なんて凄い長生き!でした。
今じゃザラですもんね。
私の方がヤバいです(笑)。
風邪ひいて、咳がついちゃって。おまけに頭痛。
身体もだるく、息切れ、めまい・・更年期?

先に見送られたら、喪服買った意味がなくなるわ(笑)。

何故、今時分に寺尾聡ネタなのか、
自分でもよく意味がわかりません(笑)。
しかし、つい先ほど、
テレビから「出航」が流れてきて「え?」と思いました。
どうやらCMソングになってるらしい。
世の中には似たようなことを考える人がいるもんですね(笑)。

中学1年の時、寺尾聡のアルバム「Reflections」のアレンジに衝撃を受けました。
当時は、「アレンジャー」の意味すらよくわかってませんでした(笑)。
まぁ、この素敵すぎるBGMの編曲をしてる人が「井上鑑」という名前だ、
とクレジットから知ったわけです。
このカッコよい前奏や間奏を考えたのが井上鑑って人なんだへえええ
って感じです。

そこから、「自分で楽器をレコードと同じに弾いてみたい!」
という欲求が生まれ、
明星の付録の歌本に書いてる記号、
「コード」というものが分かれば弾けるのだ!
と理解するのでした。

私のピアノの独学は、ほぼ明星の歌本が素になってます(笑)。
どなたが講師だったか・・・
かなり詳しくコード理論について解説してありました。
Em7の7とは何なのか。Amaj7のmaj7とは何なのか。
dimとは、sus4とは、f5、なんていうテンションコードも憶えました。
(ここまで付録本でやってたのが驚愕です)

それを、カワイのオルガンでフガフガ弾いてたのです(笑)。
そのうちオルガンじゃすぐに物足りなくなりました。
高校に入学するとき、ヤマハのクラビノーバちゃんが我が家にやってきました。
(勿論、私名義の定期預金が当てられました・涙)

長くなってしまいましたね。
初めて電子ピアノで「shadow city」を弾いたときは感動でした。

G#7-9 C#m Gdim7 B
これ、サビの部分のコードですが、クソカッコイイのなんのって・・・。
おそらく、寺尾氏のデモテープ段階では、
ここまでテンションコードは連発してないものと思われ。
しかもA7でサビを始めているはずです。
イントロでもこれでもかと言わんばかりにテンションコードを多用し、
エンディングでは何気なく転調しては元に戻るコードをリフレイン。
「やるな」「プロだな」「仕事できるな」
と思わせるのが、井上鑑氏の妙です(笑)。

ジャズピアノを学んだ人からすれば何のことはないのでしょうが、
ここまで凝ったアレンジは、日本には少なかったと思います。
当時、鑑氏はドナルド・フェイゲンをよく聴いていたそう。

なんか頷けますね。
AORってやつですね。

「Reflections」を聴き込んだおかげで、
巷に流れる曲を聴いただけで、
アレンジャーが井上鑑か否かが解るようになってしまいました(笑)。


音悪いので、鑑氏の仕事ぶりが伝わらないかもですが。
今や「ネタの人」となってしまった泰葉嬢の代表曲も氏のアレンジです。
これは、泰葉嬢が元々ジャズ畑の人ということで、
アレンジで大幅に手を加えた、ということはなさそうですが・・。
歌詞が残念なのと、歌唱が張り切り過ぎなのが惜しまれます・・・。
これも弾いてみると、テンションコードがいい味出してます。


当時、張り切って鑑氏のアルバムを借りてきた記憶があります。
が、歌唱が・・・。
いや、今聴くと悪くないのですよ。つぶやくような歌い方・・。
そして、アレンジは「ぽいよね!」って感じだし。
でも、購入には至りませんでした。
ちなみにこれもヨコハマタイヤのCM曲です。

ホントに何、長々と書いてるんでしょうか(笑)。

とにかく、寺尾さんの「Reflections」と井上鑑氏のアレンジは、
自分の音楽への目覚めのきっかけと言っていい、
とても大きな出逢いでした。
今に至るまで、「あ、この曲センスいいな」と感じる時の指標となってると思います。
てなわけで、今一度お聴きください。クソカッコイイです。

初めて買ったレコードは「reflections」、
初めて行ったコンサートは寺尾聡。
中1の時でした。

何故、あんなにハマったのか。
何故あんなに総てがカッコイイと思ったのか。
単にブームに乗ったわけではありませんでした。
それだけなら、レコードも買わず、コンサートになんか行くわけがない。
大昔の13歳なんてまだまだコドモで、
当たり前のように、コンサート行きは母親に大反対されました。
それを押し切り、しかも友達の分までチケット代を払い、
震える気持ちで強行したのです。
「ホンキ」でした。

コンサートで観た、実物の寺尾さん。
(うわぁ、本物だぁ!)
生まれて初めてのコンサートだし、同じ空間にいるしで、
感動は半端ありませんでした。
寺尾さんの大好物のイチゴを、
ステージに持ってくる人が続出してました(笑)。

何故あんなに好きだったのか。

初恋の同級生に、クソミソ言われた記憶があります(笑)。
「なんであんなジジイがいいの?」
「サルみたいな変な顔!」
・・・酷くないですか(笑)。
その時は黙ってしまいましたけど、
今、BBAになった私ならわかります。
「ジジイ(大人)だからいいの!」
そう、当時34歳の寺尾さんはこう呼ばれてました。

ナイス・ミドル

これ死語だし(笑)、今の感覚じゃこれまた失礼な話です。
嵐の二宮に「ナイス・ミドル!」なんて言わないでしょ(笑)。
昔は30過ぎたら十分に大人だし、中年でした。
たぶん、捻じれたファザコンの私にはとても魅力的に思えたんでしょうね。

サルみたいな顔・・・(苦笑)。
寺尾さんに関しては顔じゃなく、
朴訥でシャイな雰囲気に惹かれたんだと思います。
それでいてちょっとおちゃめな感じ。
13歳にして、母性がヤラれたんでしょうね(笑)。


それから、音楽性ですよね。
当時、私はマッチに夢中でした(笑)。
そう、今やジャニーズの大御所、マッチさん(近藤真彦)です。
アイドルだらけのヒットチャートに、寺尾聡の曲は異色でした。
アルバムを買う前、クラスの音楽好きの男子がテープに録音してくれて、
「ヘッドフォンで聴いてみれ!いいから!」
聴いてみると、その音に衝撃を受けました。
聴きなれた「歌謡曲」とはかなり違う。
寺尾さんの歌もいいけど、
なんなんだ、このバックミュージシャン?のレベルの高さは!、みたいな。

そして、「井上鑑」というアレンジャーの名を知ることとなるのです。
(後半につづく)

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